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ぶれないように、くじけないように

*いつもウジウジ悩んでは堂々巡りの自分の覚書として、今日はいい年こいてとても恥ずかしいことを書くので、実際の私を知ってる人は読んでも読まなかったことにして、ああ恥ずかしいな・また同じようなこと書いてるな、と思ってもそっとしておいて下さい(笑)


武道館の天井の大きな日の丸が太陽のように見えた
エレカシのコンサートから帰ってきて一日経ち、
じわじわと甦ってくる音楽の力に圧倒されながら、
他方確信を掴んだのであろう宮本さんを羨みながら、
さて私自身はどうなんだろうと考えていました。

私は絵が描きたい、ただそれだけで描いているんだろうか。
たとえば描いた絵が出版物に載るのが嬉しいだけなんだろうか。
いろんな人に見てもらえて嬉しいんだろうか。
ときどき思うような絵が描けて、眺めて満足するだけなのか。
小手指じゃないや、小手先でごまかしては恬然として恥じぬ己なのか。

そもそも日本の移ろいゆく季節の草花とか色あいとか風の色とか、
それを感じ取ってきた日本人の感性とか、そういうものが好きで、
和歌ではなく絵で自分なりに表現したい、というのがあったのでした。

 冬から春にかわる二月、梅の花の香る庭にやわらかい風が吹いたとき。
 青空を背負った柿の木末(こぬれ)に鮮やかな色の新芽を見つけたとき。
 畳の上でうたたねしている私の髪を、初秋の涼しい風がはらはら吹いてゆくとき。
 一面雪が降り積んだ田んぼに夕日が射して虹色に光るとき。

純粋に表現するのは恥ずかしいから、間抜けさややさしさを加えて。
気持ちに画力が追いつかず、表現力が言葉に劣るのは百も承知。
満足のゆかぬものばかり描いては卑屈になってゆく日々かもしれない。
けれど、焦らず諦めず好きなものを描こう。好きなものを好きな描き方で。
迷いは常にあっても、核はぶれない、くじけない-そういう努力の形もあるんだ。
どんな曲でも私たちを引っ張りあげてくれるエレカシのように。


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12日、13日にweb拍手押して下さったかた、どうも有難うございます!

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